2015年8月2日 kazuipress

「デザインの危機管理」について

私は美術大学の出身ではないし(法学部)、デザイナーでもない、でも仕事でデザイン業界の方と接する事が多いのですが、たまにその「業界」考え方との違和感を感じる事があります。今度のオリンピックのエンブレム(この言い方も違和感があるのですが)について感想を求められたので個人的に自分の考えをまとめてみました。
業界の人たちは「佐野さんはそんな人ではない」とか「オリンピックのような大きな仕事で誰でも解るような模倣などするわけがない」とか「素人=一般人はこの差が解らないで模倣とか言うけどプロからみたら全然別もの」とかの意見が寄せられています。でも1企業のロゴならまだしも、世界的な関心事であるオリンピックのロゴを見るのは圧倒的に「素人=一般人」です。その人たちが「似ているかも」という評価を下してしまったら、本当に、偶然似てしまっても、やはり「盗用」とされてしまいます。ご本人がいくら見てない、参考にしてないと言っても見てない事を立証する事はとても難しいです。全ての一般人に理解できなくても、理解されるという努力をデザイナー側で行っていないと、このような出来事は繰り返す気がします。
ではデザイナーは批判に対してどのように対抗すれば良いのでしょう。
以下の私の意見ですが発案ではありません。発明、開発を伴う一般企業も同じようなリスクを抱えています。それらトラブルを回避するために、開発データを保存し公開(パテント訴訟が起きた場合の対抗手段)するための準備をしています。今回の場合、佐野さんが数時間の制作時間で安易に作ったとは思いません。おそらく多くの時間を掛けて数多くのスケッチやシミュレーションを行い完成に至ったのでしょう。その時に使用した膨大なスケッチ、データを公表したらどうでしょう。本当は発表と同じ会場で説明しても良いし、ご自分の会社のサイトにアップしておけば誰でも見られます。佐野さんの初期の発想から完成に至る道程を順番で公表すれば、よほど悪意を持った一般人ではない限り納得する気がします。デザイナーとしては不完全な発想や良くできなかったボツ案などを公表するのは気が引けますが、今のような批判を浴びる事を考えたら仕方がない気がします。もし、公表しなくても批判が出た瞬間に公表しても良いと思います。今回の場合、佐野さんが海外出張という事ですぐに対応出来なかったのが残念で、勝手な憶測や批判が拡散してしまいました。公表のスピードは大切です、時間がかかれば資料をあとから制作したと思われます。SNS上で批判が出た瞬間に準備してあるデータを公表すれば大きな事にはならない気がします。
ベルギーのリエージュ劇場は使用禁止を訴えると言っています。法律的にはその差し止め請求が通るとは思いませんが、訴える権利はあります。常識的には考えにくくても裁判官もある意味一般人です。「似ている」と判断されれば、たとえば和解しなさい、などと理不尽な事が起こる可能性も僅かにあります。あらゆる批判に供えて、大きなプロジェクトになればなるほどデザインと平行して「対抗準備」が必要な気がします。
書体について。
批判の中に「書体も同じ」というものがありました。デザイナーなら、書体やフォントに詳しい人なら、「TOKYO 2020」とベルギーの書体が同じ「エジプシャン系統」であっても離れた存在である事は解ります。しかし一般の人にとってはやはり「書体も同じ」になっています。本体のロゴもですが、この「TOKYO 2020」も佐野さんは多くのデザイン、書体を検証しでしょう。また、この書体に決ったあとも、細かいエレメントの手直しやスペースの調整もされたと思います。それらの足跡も公表すれば「書体も安易に同じ物だ」という批判に抗弁出来る気がします。
個人的な思いですが、イニシャルをロゴにする事の難しさを感じます。今回の2つは大まかに言うと「モダンフェイス系」に属するのでしょうか。これがサンセリフ体だとほとんど全ての文字がいずれかのロゴ、あるいは文字の類似と言われてしまいます。誘致運動時のロゴの評判が良いのは絵柄の場合、類似になりにくいと言うメリットがあるかもしれません、でもリオのオリンピックでも絵柄が似ているという問題があったので、似ている、似ていない論争はつきないかもしれません。
どんなロゴでも好き嫌いはあります。批判は仕方がないと思いますが、盗んだ、盗まないというデザイナーの尊厳に関わる事でバカバカしい批判に対抗するには、そのための準備をデザイナー側で用意しなくてはいけない時代になった気がします。今回の私の方法がベストだとは思いませんが、一つのアイデアだと思います。
ロゴではありませんが、近頃残念ながら亡くなられたHERMANN ZAPFさんの名作に「OPTIMA」という書体があります。写真はデジタルフォント「OPTIMA NOVA」の宣伝用パンフレットの表紙です。イタリア旅行中に碑文文字にOPTIMA制作の発想を思いついたZAPFさんがとっさに手元にあった紙幣にメモ書きしたものです。もちろん誰もがZAPFさんが何かを盗用したとは思っていませんが、類似の書体が全くなかったわけではありません。でもスケッチを見せられたら、誰もが批判をしないと思いませんか!

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