2006年10月17日 kazuipress

美篶堂ギャラリーセミナー参加のお礼

10月3日から22日の期間、美篶堂ギャラリーにおいて作品展を開催しております。
多くの方にご来場いただきまして誠にありがとうございます。
ほとんど私は会場にはおらず美篶堂のスタッフの方にお任せしたきりになってしまい、せっかくご来場いただいた方とあまりお話ができず申し訳ないと思っております。
セミナー(10月8日)のご依頼から始まった美篶堂ギャラリーでの作品展は「HALLOWED GROUND」制作と丁度タイミングが合う形で開催することができ、また、立野竜一さん、白谷泉さんという素晴らしいカリグラフィとのコラボレーションも実現できました。そのせいかカリグラフィ関係の方にもたくさんご来場していただいております。

美篶堂セミナー、嘉瑞工房「工房雑話」にも報道関係、スタッフも含め100人近くの皆さんにご参加いただけました。
約半分以上の方がデザイナー関係の皆さんにも関わらず、書体名、人物名を言わない書体史などをお話しました。
知識ではないタイポグラフィの話しを、メモ取り禁止という、異例の方式でいたしました。多くの方が戸惑い、きっと書体名、人物名、年号、エピソードの羅列を予想(期待?)し、ご参加された方には肩すかしになったかもと思います。
知識も大事ですが、それを生かす考え方。「誰のために!、何のためのタイポグラフィ?」、「見ていただくタイポグラフィ!読んでいただくタイポグラフィ!だから技術や知識よりも考え方!」その考え方をお伝えしたいために、かなり実験的な形になりました。
もちろん全ての皆さんに短い時間でご理解いただけるとは思っておりません。私の講演技術では無理だと思いますが、何人かの方からは知識偏中のタイポグラフィを見直すきっかけになったとのご感想をいただきました。
まだ会期を残しておりますのでよろしければお立ち寄りください。
ひとまずセミナーのお礼まで。

有限会社嘉瑞工房
高岡昌生

●「誤植」とご指摘を受けたカンマについて●

現在美篶堂ギャラリーで開催中の作品展の作品の中に、あるサイト上で「誤植がある」との指摘を受けました。直接私に指摘あったわけではありませんが、誤解を生む恐れがあるので、以下のような見解を申し上げます。

展示品、カリグラフィとのコラボレーション作品(立野竜一氏との共作)本文最終行イタリック体の文中にローマン体の「カンマ」が入っているという箇所です。

comma.jpg

この作品で使用いたしました金属活字書体は、「Caslon old face, Caslon old face italic」と言います。約250年前のWilliam Caslon I (ウイリアム・カスロン1世 1720-1749)にまで歴史がさかのぼれるイギリスで最も有名な活字書体の一つです。1937年に Stephenson Blake 社に母型なども含め吸収されました。鋳造の鋳型は Stephenson Blake 社製と思われますが母型は H.W.Caslon & Co.Ltd. 時代の物と考えられます。
嘉瑞工房で保有し今回の印刷に使用した活字は Stephenson Blake 社から購入した、オリジナルの「Caslon old face, Caslon old face italic」です。
さて、誤植との指摘がありましたイタリック体の中の(ローマン体と見える)カンマについて、再度 H.W.Caslon & Co.Ltd. の見本帳で Caslon old face italic を確認すると、カンマは現代で言うローマン体の形をしています。

caslon-1.jpg

caslon-2.jpg

Caslon だけではなく、同じ見本帳にある Baskerville old style italic にも同様のものがあります。
つまり、H.W.Caslon & Co.Ltd. の見本帳が作られた当時1920年頃には、イタリック体には「現代の我々が考える傾斜したイタリック体のカンマ」ではない状態で鋳造、販売されていました。その事は当時何の問題がなかったのです。ローマン体のカンマと流用(兼用)したのか、始めから作らなかったのかわかりません。今の感覚だと不思議に思われるかも知れませんが当時はそれで通っていたのです。
したがって当社の購入した Caslon old face italic のフォントに(現代の視点で考える)ローマン体のカンマが入っていた事こそ、正真正銘のオリジナルカスロンであることの証拠であり、私は誇りに思っています。
もし反対に購入したイタリック体のフォントに(現代の視点で見る)イタリック体のようなカンマが入っていたら、H.W.Caslon & Co.Ltd. から継承した Stephenson Blake 社が独自で母型を作り鋳造した可能性があり、コンマに関してオリジナルカスロンと言えなくなるかも知れないのです。したがって Caslon old face italicに(現代の視点で考える)ローマン体と思えるカンマが入っていることは「誤植」ではないと私は考えます。
もし、他の人がオリジナルの Caslon old face italic で組版したと言って印刷した文章に、現代でそう見えるイタリック体と思えるカンマが入っていたら、私はカンマに関してオリジナルの Caslon old face italic と言えないのではないかと、作者に質問するでしょう。

ラテンアルファベットの書体の歴史には大きな2つの流れがあります。一つのはカリグラフィの歴史。もう一つは金属活字の歴史です。タイポグラフィ原点は金属活字です。金属活字時代の印刷物の見解を述べる時に、金属活字そのものや歴史的背景を知らないで現代の視点で考えると腑に落ちない事がたくさんあります。

有限会社嘉瑞工房 高岡昌生